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建建建設現場は、フェンスなどで囲われていることが多く、一般の人が立ち入ることはできません。外からは見えづらいその内部では、作業員の安全を守りながら効率よく作業を進めるために、さまざまな工夫が凝らされています。そのひとつが「標識」です。標識は、色や形、デザインを通じて情報を直感的に伝える役割を担っており、現場では安全管理や作業効率の維持に欠かせない存在となっています。なかには、普段の生活であまり見かけない、建設現場特有の標識も数多く設置されています。
今回は、建設現場で使用される標識の種類やデザインの工夫、背景にある社会的な変化について触れていきます。
外国人労働者の増加に伴い、安全標識を全面改訂
建設現場では、常に安全が最優先されます。日本では、1972(昭和47)年に労働安全衛生法が制定され、関連する省令や政令も含めて何度も改正されてきました。建設業者等による長年にわたる自主的な労働災害防止活動と相まって、1972(昭和47年)に2,400 人にも上っていた建設業における労働災害による死亡者数は、2022(令和4)年には 281 人まで減少しました。
安全性を守る上で大きな役割を担っているのが、安全標識です。建設業労働災害防止協会(健災防)は、建設現場で使用する基本的な安全標識を統一し、その普及により建設現場における労働災害防止に資することを目的とする「建設現場用安全標識に関する指針」を制定しました。1983(昭和58)年に一般公募した図案をもとに、交通安全、消防、JISなどの専門家の意見を取り入れながら、基本デザインを作成し、13種類の建災防統一安全標識(以下、「統一安全標識」)を規定。2004(平成16)年には8種類の統一安全標識を追加して合計21種類となり、さらに、2019(令和元)年には全面改訂版が行われ、1種類を廃止して7種類を追加、合計27種類となりました。
改訂の背景には、建設現場での外国人労働者の増加があります。建設業界では、少子高齢化の影響で作業員の確保が難しい状況が続いていました。そこで外国人労働者の受け入れを制度として拡充するため、「特定技能」という新たな在留資格の創設を柱とする「出入国管理及び難民認定法」及び「法務省設置法」の一部を改正する法律が2018(平成30)年12月に公布(平成31年4月施行)され、国土交通省において建設分野の運用方針が示されました。
ここで大きな課題として浮上したのが、言葉や文化の違いによる安全意識のばらつきです。日本人にとっては見慣れた標識や注意喚起も、外国人労働者には伝わりにくい場合がありました。そのため、安全標識の改訂が検討されたのです。
色と形に込められた標識の意味
安全標識の改訂の最大のポイントは、「誰にでもわかりやすく」という視点です。図記号は、JIS等で規定されているデザインを踏まえ、建設業の特徴を加味したユニバーサルデザインに変更されました。また色彩は、JISに準拠して、誰もが認識しやすい色を採用し、標識に用いる書体はユニバーサルデザイン書体を用いました。さらに、標識は縦横比などの仕様を統一しつつ、掲示場所に応じて自由なサイズで設置できるようにしました。
日本の標識では、色と形が極めて重要です。たとえば、赤い円形は「立入禁止」や「火気厳禁」などの禁止事項を示します。一方、黄色い正三角形の中に黒いアイコンが描かれているものは、「頭上注意」や「感電注意」「開口部注意」などの警告を示します。青い円形は「安全帯着用」「保護帽着用」などの指示、そして緑色の長方形は「安全通路」「担架」「休憩所」といった安全確保のための案内に用いられています。
これらの統一安全標識には、外国語表示例も示されています。英語、中国語、ベトナム語、インドネシア語、タガログ語に翻訳した一覧表も用意されており、多国籍な労働者が混在する現場でも理解しやすいように配慮されています。
日本特有!? 親しみやすい標識の背景にあるもの
日本の建設現場では、「ご安全に!」と書かれた標識をよく見かけます。このフレーズは、ドイツの炭鉱夫たちの間で使われていた「Glück auf(グリュック・アウフ)」という挨拶が由来といわれていて、「ご無事で」「安全に作業を終えられますように」といった意味合いがあります。日本では、この表現が取り入れられ、安全意識を高めるための挨拶運動として、多くの建設現場や工場などで日常的に使われるようになったとされています。
また、建設現場の前には、工事中のキャラクターが深々と頭を下げているイラストや、子どもや動物が描かれた注意看板、地元ゆかりのキャラクターが安全を呼びかける掲示物など、親しみやすいデザインの標識が多く見られます。以前、こうしたキャラクター付きの標識を、漫画家のとり・みき氏が「オジギビト」と命名したことがあり、注目されたこともありました。
このようなキャラクターが頭を下げて謝罪や注意を促すデザインは、海外ではほとんど見られないものであり、日本独自の文化と捉えられています。日本では、単なる警告だけでなく、「安心してもらう」「協力をお願いする」といったメッセージを、柔らかく伝える気遣いの文化が標識のデザインにも反映されているのかもしれません。
今後、ますます多国籍・多世代が混在することが予測される建設現場では、よりユニバーサルでわかりやすい情報伝達が求められるでしょう。標識もまた、現場の「効率」と「安心」をつなぐピースとして、その役割は今後さらに重要になっていくでしょう。
(参考文献)
建設業労働災害防止協会「建災防統一安全標識のご案内」