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農業遺産の伝統継承に向け スマート農業の導入進む

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日本をはじめ、世界には独自性の高い伝統的な農業を継承する地域があります。しかしながら、近代農業の普及により、これらの地域が著しく減少しています。この傾向を懸念し、国際連合食糧農業機関(FAO)は、世界的に重要な伝統的農業システムを認定する仕組み「世界農業遺産」を2002年に提唱しました。日本でも2016年に、農林水産省が「日本農業遺産」の制度を開始しています。

今回は、こうした制度への認定を目指す地域が増えている背景と、伝統的農業を支えるスマート農業の可能性について見ていきましょう。

世界農業遺産の認定数は中国に次いで2番目

「世界農業遺産」(Globally Important Agricultural Heritage Systems、略してGIAHS)とは、社会や環境に適応しながら何世代にもわたり継承されてきた独自性のある伝統的な農林水産業と、それに密接に関わって育まれた文化、ランドスケープ及びシースケープ、農業生物多様性などが相互に関連して一体となった、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域(農林水産業システム)を指し、FAOにより認定されます。2024年10月の時点で、世界で28ヶ国89地域、日本では15地域が認定されています。日本の認定数は、中国の22地域に次いで2番目の多さです。

日本で最初に認定されたのは、2011年6月のことで、2地域が認定されました。ひとつは、「新潟県・トキと共生する佐渡の里山」。トキの放鳥とともに、生き物のための生息環境を作り出すため、米栽培において農薬や化学肥料の使用削減を推進したことが認められました。もうひとつは、「石川県・能登の里山里海」。日本海に面した急傾斜地に広がる「白米千枚田」(輪島市)をはじめとする棚田の景色や、田の神を祀る農耕神事「あえのこと」など、農林水産業と文化・祭礼を受け継いできた人々の暮らしそのものが高く評価されました。その後は、「静岡県・掛川周辺の茶草場農法」、「熊本県・阿蘇の草原の維持と持続的農業」「大分県・国東のクヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」などが認定されています。

「世界農業遺産」選出にまず必要なことは、地域からの申請です。申請地域は、主に世界的な重要性、申請地域の特徴(FAOが定める5つの必須認定基準食料及び生計の保障)が求められます。
1.食料及び生計の保障 2.農業生物多様性 3.地域の伝統的な知識システム 4.文化、価値観及び社会組織  5.ランドスケープ及びシースケープの特徴
日本では、当初、認定を受けることによって地域が活性化し、地域振興に役立つ様々な情報が広まりました。その結果、世界農業遺産への関心が高まり、認定を望む地域が増加していきました。

なぜ日本農業遺産が創設されたのか?

世界農業遺産は、当初、発展途上国を対象として推進された事業であったため、認定基準は発展途上国の現状を重視した内容になっていました。こうした背景から、先進国である日本ならではの伝統的な農業をおこなう地域の価値を高め、次世代への継承を目的として、2016年に「日本農業遺産」が創設されました。

日本農業遺産は、世界農業遺産の認定基準では十分に評価しきれないと考え、また日本の課題に即した認定を行うために、前述の5つの必須認定基準に加え、“6. 変化に対するレジリエンス”、“7. 多様な主体の参画”、“8. 6次産業化の推進”の3つの基準が追加されました。

最大のメリットは、自信と誇りの向上

農業遺産の認定によって得られるメリットとして、知名度が上がることから、観光振興、農業振興に効果が期待でき、増収といった経済面があげられています。しかしながら、農業遺産は世界遺産のように過去の遺産ではなく、今も季節ごとの作業や行事が中心となっているため、観光できる時期は限られます。また、特産品やブランド化された作物、加工品は地域が小規模であるため、大量生産が難しく品数も限られます。以上の理由から、経済的メリットを感じにくいとする地域もあるようです。

 

そのような中での最大のメリットは、地域住民の意識です。世界的な認定、また国から認定を受ければ、地域の自信や誇りが回復するとされています。『事業構想2015年7月号』によると、「国連大学が能登の輪島高校(生徒数約400名)で行った調査では、8割の生徒が『世界農業遺産認定を誇りに思う』『認定が地元の活性化につながると思う』と答えており、世界農業遺産の認定は若い世代にもプラスに働いていることがわかる」(「伝統的農業を次世代へ継承『世界農業遺産』」武内和彦、永田明(国連大学))とあります。自信や誇りによって、維持、保全、発展への原動力が強化されるのです。

新たな伝承の形は、伝統と最先端技術の融合

一方で、日本の大きな問題である少子高齢化やコミュニティ機能の低下によって、継承が困難になる地域が出てくることは明らかです。現在の段階で、前出の認定基準に付け加えられている「計画的な保全」の必要性をデメリットと考える住民がいることも事実。認定を受けても、伝統を守らなければならない当事者にとっては素直に喜べず、負担だと感じる人も少なくありません 。この課題に対する解決策の一つが、最先端技術の活用です。農業遺産の現場でも、スマート農業の導入が進みつつあります。

例えば、新潟県佐渡市では、環境保全、省力化、収量維持の実現にむけた実証が2022年度と2023年度に行われました。棚田を管理するには労力を要することから、減農薬栽培、無農薬・無化学肥料栽培を推進するために、草刈機、水田除草ロボット、ICTを活用した高度水管理システムといったものが導入されています。目的は、コスト低減、労力軽減、収益向上、就農意向の向上。将来的には、新潟県佐渡市全域で、減農薬栽培、無農薬・無化学肥料栽培をさらに拡大し、農業従事者の省力化やコメの付加価値向上による所得向上を目指すとしています。

伝統的な手法とスマート農業は、対立するものと見なされがちですが、重視したいのは、どの部分を受け継ぐか。受け継ぐべきところは受け継ぎ、最先端技術を利用できるところは利用する。その判断によって未来へスムーズにバトンを渡せるかもしれません。伝統の継承は、時代に合わせて形を変えていくことが求められています。

 

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<参考資料>

農林水産省「世界農業遺産とは」

農林水産省「世界農業遺産(GIAHS)の認定基準と評価の視点」

農林水産省「日本農業遺産とは」

事業構想2015年7月号「伝統的農業を次世代へ継承『世界農業遺産』 武内和彦、永田明(国連大学)」

新潟大学 ニュース「世界農業遺産の新潟県佐渡市における棚田の減農薬など推進に向けた実証を開始 ~急傾斜畦畔で利用できる親子式草刈機等の導入による経営効果などを検証~」

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター「熊本県阿蘇地域における世界農業遺産が抱える問題の構造 の解明」

国連大学サステイナビリティ高等研究所 「世界農業遺産『期待と課題』」