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古来より日本の食文化に根付いてきた山椒は、香辛料や薬味として長く親しまれてきた果樹です。しかし近年では、需要がのぼり調子でも、供給量は低調気味になっています。今回はそんな山椒の栽培の歴史を踏まえながら、栽培の課題とその課題解決に向けた最新の研究をご紹介します。
国内外で需要が高まっているが……
英語圏で「ジャパニーズペッパー」と呼ばれる山椒は、その名のとおり、日本では古くから香辛料や薬味などで用いられてきた果樹です。山椒が日本の食文化に根付いたのは、大陸文化を積極的に受容した飛鳥や奈良時代からでした。縄文時代の遺跡から出土した土器に山椒の実が付着していたことを考えると、もっと古い付き合いなのかもしれません。
農産物としての山椒の栽培面積は1980年代末から1990年代初頭にかけて急増しました。2008年までに集荷量が大きく伸びたものの、生産過剰となり、2000年代後半からは減少傾向に転じました。2010年代からは、生産者の高齢化と労働者不足問題にともない、生産量・栽培面積がさらに減り、豊凶差も激しくなっています。
こうした生産量の減少が続く一方、山椒の用途は広がりを見せています。ちりめん山椒や佃煮などの日本料理に使うだけでなく、チョコレートやクラフトジンなど洋食への応用や、漢方薬の原料としての利用など、新たな用途で注目を集めており、需要が増えています。
また、東アジアや東南アジア圏では、山椒が健康維持や薬膳料理の重要な要素として需要が高まっているうえ、スパイス好きのヨーロッパ圏からも注目が集まり、和歌山県や兵庫県では輸出プロジェクトが進んでいるところです。
こうした需要の拡大に対して、生産体制が追いついておらず、「山椒が足りない」という状況が生まれつつあるのです。
国内の主な品種は 「ぶどう山椒」「朝倉山椒」
国内で流通している山椒は主に2種類あります。朝倉山椒(あさくらさんしょう)とぶどう山椒(ぶどうさんしょう)です。どちらも、収穫時に邪魔になる棘がない個体を野生種から選抜したものですが、特徴や用途には違いがあります。
朝倉山椒は兵庫県養父市鹿町朝倉発祥の品種です。他の山椒に比べて柑橘系のような香りが強く、皮が柔らかいのが特徴です。5月末頃に未成熟の若実を収穫し、ちりめん山椒や佃煮などの加工品に利用されます。
ぶどう山椒は、実がぶどうの房のように連なっている和歌山県発祥の品種です。大粒の実は、辛味と痺れが強く、どちらかというと粉山椒向き。6月下旬から7月にかけて成熟した実を乾燥させて出荷されます。
山椒は雌雄異株(しゆういしゅ)の植物であり、身を付けるのは雌株のみです。先ほど紹介した朝倉山椒・ぶどう山椒はどちらも雌株ですが、雄株からは4月頃に「花山椒」と呼ばれる花のつぼみが収穫できます。花山椒は、実山椒よりも繊細で柔らかな風味があり、吸い物や和え物に穏やかな香りを添える食材として用いられます。見た目も美しく、料理の飾りとしての役割も果たします。花山椒は、収穫期間が短く流通量も限られているため、実山椒よりも高値で取引されることが多く、高級食材として扱われています。
水田転換畑でも健康に育つ山椒とは?
「山椒は、鼻歌をうたいながら収穫すると木が枯れる」という、ことわざをご存知でしょうか。山椒が非常に枯れやすい植物であることを表わした言葉で、生産量が伸び悩む原因のひとつとなっています。
山椒は他の果樹と比べて根が浅く、地表面付近の土中環境は天候の影響で乾燥したり、地温が下がったりするため、特に幼木から若木の時期は、環境変化のストレスに敏感です。古い産地ではイナワラやゴザなどを株元に敷いて温度や湿度を保っていましたが、コンバインでの収穫が当たり前の現代、敷きワラになるような長いイナワラ自体が手に入りにくくなっています。
そこで近年、山椒の枯死を防ぐために研究されているのが「強健な台木」の選抜です。注目されているのは日本に自生するフユザンショウ(冬山椒)というサンショウ属の植物です。
一般的な山椒苗は、イヌザンショウやヤマザンショウが台木となった接ぎ木苗ですが、これらと比べると、フユザンショウに接ぎ木した山椒苗木は環境適応能力が高く、特に中山間地域や水田転換畑など、過湿による根腐れが起こりやすい圃場でも健全に育つことが確認されています。
山椒の収穫効率を上げるには?
全国的に農業の担い手が減少するなか、山椒を収穫する際の人手不足も問題になっています。
山椒栽培にかかる経費はほとんどが人件費です。実山椒・花山椒ともに、収穫適期は10日前後と非常に短く、ほぼすべてが手摘みによる人力作業に頼っています。実も花も傷つきやすいため、機械による収穫は難しいとされています。実山椒の場合、大人1人が1時間で収穫できるのは2〜4kg程度といわれています。10a当たりの収穫量が400kgと仮定すると、短期間に多くの人手が必要です。このことが、高齢化や過疎化が進む農村にとって大きな負担となっています。
ひとつは、収量性の高い苗木の導入です。古くからの山椒産地では、一房(一ヶ所)に100粒以上の実をつける株を選抜して、接ぎ木や挿し木などでクローン繁殖し、産地内で積極的に増やしています。
もうひとつは、樹高を低く仕立てる栽培方法です。収穫の際、脚立を使わずに収穫できるような木であれば、脚立をかけ直す手間が省けて収穫効率はアップします。
一般的な果樹では剪定によって樹形を仕立てることができますが、山椒は「刃物を嫌う」とされ、強い剪定を避けたほうが良いといわれています。そこで、幼木のうちから枝を誘引して横に広げた「盃状(はいじょう)」に仕立てることが推奨されています。これなら高齢者や農業未経験者でも安全かつ効率的に収穫作業ができます。
こうした工夫や技術の導入によって、山椒栽培の現場でも、限られた人手で持続可能な生産を目指す取り組みが進められています。地域の特性や課題に応じた工夫を重ねることで、これからの山椒づくりに新たな可能性が広がっていくでしょう。
トプコンは、新しい農業にチャレンジする農家の皆さんを応援しています。
<参考文献>
戴 容秦思 他『和歌山県農業展開史 第13章 和歌山県におけるサンショウ産地の展開』2020、和歌山大学食農総合研究所
内藤一夫『新特産シリーズ サンショウ 実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用』2004、農文協
松浦克彦『アサクラサンショウ枯死低減のための耐湿性台木の選抜』2012
兵庫県農林水産技術総合センター