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倉員 敏明
医療法人創光会くらかず眼科 理事長
さいたま市大宮・医療法人創光会くらかず眼科院長
愛媛大学医学部卒業。手術特化の眼科として、複数の眼科医によるチーム医療体制で2,200名以上の手術を行う(2025年)。手術器具・手術方法の開発や眼内レンズの研究にも取り組んでいる。
わたしたちは目を開けている間、常に視覚から情報を受け取っています。ただ見て確認し理解するだけではなく、ふと目にしたものから心の安らぎを感じる瞬間もあります。音楽を聴く、温泉に浸かる、珈琲の香りを嗅ぐ、甘いものを食べる……など、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を通じたリラックス効果はよく知られていますが、視覚から得られるリラックス法にも、さまざまな研究がされてきました。今回は、その一部をご紹介します。
炎やキャンドルの1/fゆらぎ
昨今のキャンプブームの中で、「焚き火を見ていると心が落ち着く」「炎をずっと見ていられる」という声をよく聞くようになりました。メラメラと燃える炎は、常にゆらいでいます。このゆらぎを科学的に調べると、面白い現象が明らかになっています。炎の動きは、周波数(または振動数)「f(frequency)」に依存しており、周波数が高いほど細かく小さく動き、低いほど大きくゆったりと動きます。このように低い周波数ほど揺らぎが強く、高い周波数ほど弱くなる(揺らぎのパワーが周波数に反比例する)関係を「1/fゆらぎ」と呼びます。

言葉で表現してみると、無秩序に変化し続けるわけでもなく、ずっと同じでもない、動きは大まかに予測できるけれど、完全に予測できるわけでもない、そのような変化が1/fゆらぎです。1/fゆらぎは、風のささやきや波の音、さらには、わたしたちの鼓動など、自然界や生体のさまざまな現象にみられます。ゆらぎについて長年研究を続ける「脳機能研究所」創始者の武者利光氏によると、1/fゆらぎは、長く人間が過ごしてきた自然の中に存在し、本来人間が持っているものでもあるため、直面するとリラックスした状態になると考えられています。キャンドルの炎も同様で、やさしく揺れる光を見つめるだけで、心が穏やかになります。

バラの花でリラックス!
ストレスが溜まってきたとき、自然の中でゆっくり過ごしてリラックスする人は多いのではないでしょうか。森林や公園で心理的リラックス効果が得られることは、さまざまな書籍や論文などで科学的に証明されています。2014年の日本医科大学の李卿教授らの論文「森林医学の臨床応用の可能性」では、森林浴で免疫機能が改善し、さまざまな病気の予防効果が期待できることが示されています。しかし、都会で忙しい毎日を送る人にとって、森林で時間を費やすことはハードルが高いかもしれません。

そんな中、家にいるだけでも自然からリラックス効果を得られるとする研究があります。「日本生理人類学会誌Vol.18」に掲載された、千葉大学環境健康フィールド科学センター特任研究員・名誉教授の宮崎良文氏らの論文「バラ生花の視覚刺激が医療従事者にもたらす生理的・心理的リラックス効果」では、バラの視覚刺激がもたらす生理的、心理的リラックス効果について明らかにされています。この研究では、医療従事者を含む15名の女性に無香のピンクのバラ30本を4分間観察してもらい、心拍数や脈拍数、リラックス感などを、花のない状態と比較しました。結果、バラを観察したときの副交感神経活動が有意に高まり、脈拍数が有意に低下しました。また、「快適感」、「リラックス感」が有意に高まり、気分状態の改善と状態不安の低下がみられました。同様の実験は、高校生やオフィスワーカーに対しても行われ、さらにバラの花を観葉植物に置き換えた場合でも同様の結果が得られました。また興味深いことに、パンジーの生花と造花を比較した実験も行われ、生花を見たときのほうが造花と比べて交感神経活動が13.8%低下し、ストレス状態が緩和されたことが示されました。視覚を通じても自然を感じ、リラックスできることが分かります。
緑を見るだけで、目と脳が休まるのはなぜ?
なぜ植物の「緑」を目にするだけで、わたしたちの心と体はほっと一息つけるのでしょうか。その背景には、眼科学・脳科学の観点から興味深いメカニズムが存在します。
まず、目のしくみから考えてみましょう。わたしたちの目は、光の波長によって「ピントを合わせるための筋肉(毛様体筋)」の緊張度が変わります。青い光(短波長)を見るときは毛様体筋が緊張し、赤い光(長波長)を見るときは弛緩しすぎてしまいます。ところが、緑色の光(波長約550nm)はちょうどその中間にあたり、毛様体筋が最も負担なく、自然にゆるんだ状態になれる波長なのです。これは目の調整機能や「色収差」など、複数の光学的な要因によるもので、目が緑色に対して特別に”楽”を感じる理由の一つです。
さらに、「比視感度(ひしかんど)」という、人間の目が光をどれだけ明るく感じるかを示す指標でも、緑色はピークに位置しています。つまり、緑色はわずかな光量でも明るく感じやすく、目が多くのエネルギーを使わなくても情報として認識しやすい色なのです。目への刺激が少ないぶん、眼精疲労が和らぎ、目からの過剰な信号が減ることで脳にも「休んでいい」というサインが届きやすくなると考えられています。
加えて、植物には「フラクタル構造」と呼ばれる、全体と部分が似た形を繰り返す構造が見られます。木の葉の葉脈や枝の広がり方などがその典型で、実は先述したバラの花びらや炎のゆらぎにも、このフラクタル的なパターンが共通して存在しています。こうした自然に繰り返されるなだらかなパターンを見るとき、脳は情景を理解するために大きな認知コストをかけずに済み、思考や意思決定を担う前頭前野の活動が穏やかになり、リラックス時に多く現れるとされるα波が発生しやすくなると報告されています。
これらの変化は、副交感神経の優位化やストレスホルモンの減少につながります。前述のバラの実験で副交感神経活動が高まり、脈拍数が低下したという結果は、こうした目と脳のメカニズムが複合的に働いた結果とも解釈できます。窓の外の木々、部屋の観葉植物、あるいは散歩道の草花……。日常の中で意識的に「緑を見る時間」をつくることは、忙しい毎日の中で手軽に実践できる、理にかなったリラックス法と言えるでしょう。
窓や映像からでも自然を感じてリラックス
キャンドルと同様、生花や観葉植物も手軽に取り入れられるアイテムなので、部屋に置いて目にするだけでリラックス効果が期待できます。さらに、「高品質な映像条件が人にもたらす癒やし効果の検討」という研究では、高精細な自然映像を視聴するだけでも、癒やしに効果的である可能性が示されています。

また、米国ペンシルバニア州の研究によれば、窓から自然が見える病室にいる患者は、そうでない病室の患者と比べて回復が早いと「サイエンス誌(Science)」に報告されています。
今回紹介した内容は、限定的な対象が示した結果に基づくものであり、すべての人に当てはまるわけではありません。それでも現代のストレス社会において、手軽に試せる視覚から得られるリラックス法を試してみる価値はあるでしょう。
(参考文献)
千葉大学環境健康フィールド科学センター「木と人の関係―サイエンスの視点から― 第10回『花セラピーの効果』」
大阪音楽大学MUSE「心を癒やす音楽の力、1/fゆらぎのひみつ」
Science「View Through a Window May Influence Recovery fromSurgery」
「人が快・不快を感じる理由」河出書房新社
「ゆらぎの発想」日本放送出版協会




