目次
車で道路上を走っていると、実際は平面に描かれたものであるにも関わらず、ブロックのように立体的に見える路面表示を見かけることがあります。このように、私たちの視覚が錯覚を起こし、実際とは異なるものに見える現象を「錯視」と呼びます。同じ長さなのに違って見える、止まっているのに動いて見える、違う色に見えるなど、錯視は、私たちをとても不思議な体験へと誘います。そんな錯視について詳しくみていきましょう。
錯視はなぜ起こるのか?
錯視は、単なる「見間違い」として扱われることがあります。しかし、錯視は「間違い」ではありません。個人差はあるものの、ほとんどの人に同じように生じる現象です。
錯視が発生するメカニズムは各事象によって異なり、完全には解明されていませんが、錯視の多くが目ではなく脳で発生しているとされています。視覚情報は、光が網膜に映し出されることで得られますが、網膜は光を感知し、その情報を、視神経を通じて脳に伝達しているに過ぎません。「目で見る」とはいうものの、実際には目を通じて送られてきた情報を脳が処理することで、私たちは物を見ることができるのです。錯視は、この情報処理の過程で脳が状況に応じて画像を解釈することで、実際とは異なる見え方が生じる現象です。
例えば、明るい背景と暗い背景に同じ色のものを配置すると、暗い背景に置かれた色のほうが白っぽく見えることがあります。これは、脳が暗い背景を影と認識し、「影の中にある色は、明るい背景にある色と同じではない」と判断し、色を補正するためです。
いろいろな錯視の紹介
錯視の研究は19世紀中頃から行われており、多くの現象が発見されています。以下に、代表的な錯視をいくつか紹介します。
ミュラー・リヤー錯視
1889年にフランツ・カール・ミュラー・リヤーによって考案された有名な錯視です。2本の同じ長さの線の両端に内向きの矢羽を付けた場合と、外向きの矢羽を付けた場合では、内向きの矢羽を付けた方が短く見えます。
ツェルナー錯視
19世紀半ばにドイツの天体物理学者カール・フリードリッヒ・ツェルナーが発見した錯視です。平行に描かれた線の上に斜めの短い線分を連ねると、元の平行線が傾いて見える現象です。
カフェウォール錯視
白と黒の四角形を水平に交互に配置した列を上下に描き、片方の列を四角形の一辺の半分の長さだけ左右にずらします。そして、その列の境界にグレーの線を引くと、グレーの線が傾いて見えます。1908年に発表され、1973年にリチャード・グレゴリーによって再発見された現象です。
カニッツァの三角形
イタリアの心理学者ガエターノ・カニッツァが提唱した錯視です。黒い円の一部が欠けたパックマンのような形状を三角形に向かい合うように配置すると、実際には存在しない白い三角形が見えるようになります。これは、脳が欠けた部分を補完して三角形として認識するためといわれています。
ルビンの杯
デンマークの心理学者エドガー・ルビンが考案した図形です。黒い背景に白い杯が描かれた図形ですが、黒い部分に目を向けると向かい合った人物の横顔のようにも見えます。このように、一つの図形が二通りに見える現象を、多義図形または反転図形と呼びます。
身の回りにある身近な錯視
錯視は、図形だけに限らず、日常生活の中でも目にすることがあり、視覚の奥深さを感じることができます。「月の錯視」はその一例です。地平線近くの月は真上の月よりも大きく見えますが、実際は2つの月はほぼ同じ大きさです。地平線近くの大きな月を写真に撮っても、真上にある月と同じように小さくしか写りません。
しかし、吉田教授による研究「バーチャルリアリティ空間における月の錯視」では、バーチャルリアリティ(VR)を用いることで、現実の世界と同じように地平線近くの月が大きく見えることが示されています。錯視の研究が進むことで、より現実に近いVR映像の投影も可能になってくるかもしれません。
錯視は、視覚の不思議さを示すだけでなく、私たちの脳がどのように情報を処理しているか、また見たものをどのように認知しているかを理解する手助けとなります。脳科学や心理学など、さまざまな分野で研究が進められており、その成果は日常生活や教育、エンタテインメント、アートなど、多岐にわたる応用が期待できます。
錯視は見て楽しむことはもちろん、図形を組み合わせることで自分でも簡単につくることができます。仕組みがわかってもなお、“だまされてしまう”錯視の不思議に触れてみてはいかがでしょうか。
(参考文献)
日本心理学会第82大会「バーチャルリアリティ空間における月の錯視」
京都産業大学「私たちは何を見ているのだろうか—錯視・錯覚から迫る脳の視覚情報処理メカニズム」
化学同人「だまされる視覚 錯視の楽しみ方」
朝倉書店「イラストレイテッド 錯視のしくみ」
カンゼン「錯視大解析」
カンゼン「人はなぜ錯視にだまされるのか?」