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オランダは「農業先進国」と呼ばれています。特にスマート農業による先進的な取り組みが世界的に注目を集めています。日本でも、「農業技術活用促進法(農業の生産性向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律)」が2024年10月に施行され、スマート農業への取り組みが進められています。そこで、この分野で先を走るオランダの取り組みと日本の現在を見ていきましょう。
農業に不利でも世界第2位の輸出型農業
オランダは、日本の九州と同等程度の面積を持つ国で、農用地面積は2020年現在で日本の4割程度。年間平均気温は10度前後と低く、一年を通して曇りの日が多い。さらに日照時間も短いことから、農業に適さない条件が数多く重なっています。にもかかわらず、技術力を活かした輸出型農業を推進する農業大国であり、世界が認める農業先進国でもあります。実際、2021年で見ると、農産品輸出額は世界第2位で1047億ユーロ(約15.2兆円)にも達します。ちなみ第1位は広大な農地面積を誇るアメリカ合衆国です。
主要な農産物は、花き類(チューリップ等)、馬鈴薯(ジャガイモ)、トマト、キュウリ、パプリカ、てん菜、玉ねぎ。さらに生乳、豚肉等。施設園芸と酪農・畜産が盛んです。そのうち、約7割以上が輸出されています。花き類においては、世界最大の輸出国です。2023年の切り花輸出額は約5370億円で世界第1位でした。なかでもチューリップの生産量は、“チューリップ王国”の異名に違わず世界の中でも突出して高く、野菜類でもジャガイモの種いも生産をはじめ、生鮮トマトやパプリカなどの生産量は、EU圏内でも上位を占めています。
輸出先は、関税が無く、検疫上の制約も小さいことから、隣接したEU加盟国が約8割以上(2020年現在)を占めています。オランダを輸出型農業大国へと押し上げた大きな要因は、国の位置。東にドイツがあり、南は手前側にベルギーと、その奥にフランスがあります。また海を挟んだ西側には英国もあることから、オランダはこれら大きな市場を持つ周辺国への「輸送」に適した環境にあるといえます。
1980年代のスマート農業導入で大躍進
オランダの施設園芸は、1980年代からの温室栽培技術(養液栽培や炭酸ガス施用)の導入によって生産性が向上し、環境制御技術が進展した1985年以降は飛躍的に高まっていきました。現在は、世界でも最先端のシステムが採用されています。温度、湿度、光量、CO₂濃度等をセンサーで監視し、AIがリアルタイムで調整することで最適な環境を維持。ドローンや衛星画像を活用した土壌の状態や作物の健康を分析する技術により、最適な量の肥料や水の供給が可能に。収穫や選別を行うAIによるロボットも活躍しています。オランダの農家はハウス内で農作業をするよりもパソコンに向かう時間が長いとまでいわれているほど、スマート農業を活用しているのです。
1980年代以前のオランダの農業は、家族経営の小規模農家が中心でした。1970年代、EC(欧州共同体=EUの前身)の市場統合推進により南ヨーロッパからの安価な農産物が流入したことで、小規模農家は競争力を失いました。これを受けて国家戦略の転換が図られ、技術革新と市場戦略の変革が進められたのです。この改革を支えたのが、温室栽培技術を活用した効率的なスマート農業です。
例えば、オランダで施設園芸が大半を占めるトマトの場合、2019年の生産量は約91万トンで、単収は1ヘクタール当たり約506トンとなります。これは日本の単収(1ヘクタール当たり約62トン)のおよそ8倍となります。さらに、スマート農業は収量が多いだけではなく、作業の自動制御による省力化で人件費を抑え、コストの削減も図れます。品質面でも、鮮度、見た目、無農薬等の点において高い評価を受けており、スマート農業を取り入れた施設園芸の優位性が際立っています。
産学官の連携によってイノベーションを推進
オランダ農業の発展の鍵は、経営戦略とも言える市場戦略にあります。戦略を元に技術革新が強力に進められたのです。綿密に練られた戦略があってこそ現在の地位を確立できました。その戦略とは、集約型農業。利益率の高い農作物の絞り込み、効率的な栽培、集荷、流通、販売などを行い、生産性を向上させることで収益性を高める農業のことです。
この戦略に欠かせないのが、産学官の連携です。研究開発から社会実装まで、それぞれの役割分担を明確にして進められてきました。中心的な存在は、世界の大学ランキングの農学部門で常にトップクラスに位置するワーヘニンゲン大学研究センター。オランダは、イノベーションを産学官の連携により推進し続けた結果、常に世界的にも高度な水準を維持しているのです。
2010年以降は、農業が産業振興の一環として扱われるようになり、経済政策と密接に結びつきました。そのため、農業政策では技術開発を重視し、予算の2割少々を研究開発に投入。教育機関を一元管理し、技術開発と人材育成を推進してきました。現在は、環境面への配慮にも力を入れ、「最低限の水、最低限の肥料、最低限のエネルギー」で いかに高品質な農産物を生み出すかをテーマに取り組んでいるとのこと。
求められるのは、自国の特性に合わせた技術活用
スマート農業を推進する上でオランダを参考にする国は多く、日本もそのひとつです。2014年には、「攻めの農業」をキャッチフレーズに安倍元首相がオランダの施設園芸拠点ウエストランドのパプリカ農場を視察しています。その後、スマート農業実証プロジェクトが全国で展開され、2024年10月、「農業技術活用促進法(農業の生産性向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律)」が施行されました。スマート農業の推進に向けた国の姿勢が、ようやく明確化したのです。
オランダが現在の地位を築けたのは、自国の特性に合わせて推進してきたからこそ。日本も同じく特性を活かし動き出しました。日本は、様々な作物を栽培する国です。そのため、日本ならではの多様なニーズに細やかに応えることが求められています。また、中山間地域が大きな役割を担う国でもあり、これらの地域での高齢化や人手不足といった深刻な問題に対する柔軟な対応も求められています。さらには、世界的な環境負荷の低減という問題にも直面しています。ゆえに、日本のスマート農業が本格的に普及するには、まだまだ課題が山積しているのが実情です。しかし、オランダが先行していることを幸運と捉えて、オランダを参考にしつつ、持続可能な農業を目指していくことができるのです。
トプコンは、2006年よりスマート農業に取り組んでいます。いち早くスマート農業に着目したトプコンは、これからも、その技術力で日本の農業をを支えていきます。
<参考資料>
農林水産省「平成 24 年度海外農業情報調査分析事業(欧州)報告書」
農林中金総合研究所「農林金融2013・7『オランダの農業と農産物貿易 ─強い輸出競争力の背景と日本への示唆─』」
Mordor Intelligence「オランダの花産業の市場規模&シェア分析:成長動向と予測(2025年~2030年)」
JETRO「世界は今 – JETRO Global Eyeオランダ お花最前線! 市場が求めているモノとは!?」
独立行政法人 農畜産業振興機構 「海外情報 野菜情報 2021年7月号『オランダのトマトの生産、消費および輸出動向』」
独立行政法人 労働政策研究・研修機構「オランダの農業と就業構造」
農林中金総合研究所「農中総研 調査と情報 2019.9(第74号)『オランダに学ぶ革新的技術の社会実装へのプロセス ─ デルフィー・インプルーブメントセンターを訪ねて ─』