2023-01-17

板橋区の歴史を伝えるために測量機が活躍

目次

東京都板橋区は、実は古くから製造業が盛んで、「工都」と呼ばれてきた地域でした。そのルーツは、明治政府が日本初の近代的な火薬製造所を板橋区に設置したところまで遡ります。

この「陸軍板橋火薬製造所跡」は2017年(平成29年)に国史跡に指定され、一帯を歴史公園「板橋区史跡公園」(仮称)として公開するための整備が進められています。整備にあたってはエリア内の遺構や歴史的建造物の調査・研究が進められたのですが、今回はそこで活躍した測量の技法「3次元測量」についてのお話です。

工都の歴史と日本の科学技術の足跡を伝える、板橋区史跡公園

JR板橋駅の北側、石神井川が流れるあたりに板橋区加賀という地域があります。ここには江戸時代、加賀藩の下屋敷が置かれていました。1874年(明治7年)からは、この地で当時の兵部省によって官営工場が建設され、終戦まで陸軍の火薬製造所として稼働しました。

戦後はその跡地に、日本の科学技術や産業の近代化に寄与した野口研究所や理化学研究所板橋分所、各種研究施設、学校、工場などが集積。日本全体の復興と発展に大きな貢献を果たします。特に理化学研究所板橋分所は、「日本の現代物理学の父」と呼ばれる仁科芳雄博士や、後にノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹、朝永振一郎の両博士も研究に従事するなど、世界の物理学研究の中心ともいえる重要拠点でした。

平成の後期、野口研究所と理化学研究所は相次いで閉所・移転しますが、地元・板橋区は、火薬製造所に始まるこの地の歴史を「板橋における工業のさきがけ」と位置づけ、その遺構や建造物を近代化遺産・産業遺産として大切にしてきました。そして2017年、国から史跡指定を受けると、板橋区は、一帯の加賀前田家下屋敷跡圧磨機圧輪記念碑、石神井川の桜並木などと併せて、都内初の史跡公園の整備に着手しました。

 

イタリアからの留学生の熱意が、産官学の4者連携に火をつけた

このエリアが国の史跡指定を受けたちょうどその頃、板橋区の姉妹都市であるイタリア・ボローニャ市のボローニャ大学工業建築学部に在籍する大学生が、日本大学に留学のため来日しました。

学生は、日本の歴史的建造物を3Dモデル化し、BIMやVRの技術を活用することで保存・再生方法を確立する研究をしていました。そこで「板橋区史跡公園」を研究対象として、地形や建物をスキャンして3次元データ化する3次元測量を行おうと考えました。

※BIM = Building Information Modeling:

※VR = Virtual Reality:仮想現実

学生の熱意と日本大学のサポートにより、板橋区、日本大学、ボローニャ大学、そして板橋区に本社を置くトプコンの4者が手を結び、共同研究プロジェクト「旧陸軍板橋火薬製造所跡の3次元計測」が始まりました。

レーザースキャナーで3次元の座標データを取得

旧陸軍板橋火薬製造所跡の3次元計測は、2018年(平成30年)10月16~18日の3日間にわたって実施されました。トプコンからは7名の社員が参加し、計測には3DレーザースキャナーGLS-2000と、トータルステーションGT-1000が使用されました。

(左)レーザースキャナー GLS-2000(右)トータルステーション GT-1000

 

レーザースキャナーによる3次元測量は、地形や建物にレーザー光を当てることでスキャナーからの距離と角度を測定し、3次元の座標を取得します。細かい間隔で座標データを取得することで、地形や建物をたくさんの点(点群)で表現できるようになります。この3次元測量で対象物の座標を取得するには、地球上の位置情報や高さを正確に測定した、基準となる点が必要です。しかし現地には、正確な位置情報をもった点が1つもなかったため、まずは基準となる点を決め、位置を計測することから始まりました。

 

初日と2日目は、旧野口研究所の計測を実施。2階建て建屋の内部まで詳細に3次元化することが求められたため、建物の内外で機器を移動させながら、丹念に全室の計測を進めました。2日目の夜には観測データを結合し、建屋全体を点群で見ることができました。建屋内の19室すべてをドアが閉じた状態でそれぞれデータ取得して結合すると、壁や床の厚みが空白で表現されるため、各部屋が独立して浮いているような不思議なデータができあがりました。

野口研究所をスキャンしたデータ

 

高精度・高再現性の3Dデータが魅せる、肉眼を超えた美と情報量

最終日は、旧理化学研究所板橋分所を計測。台風の爪痕の倒木も残る中、旧野口研究所の時と同様に、屋内外で計17点を3次元計測しました。また、その場で平行して点群解析も進めました。

 

こうして得られたデータをすべて結合すると、スキャンしたエリアの全体像を点群で見ることができました。

スキャンしたエリア全体のデータ

文化財の価値を市民共有の地域資産に変える、3次元計測技術

GLS-2000での実測光景

これらの計測で得られた研究成果は、2018年(平成30年)12月に行われた日本建築学会情報システム利用技術シンポジウムで発表されました。計測データは板橋区に提供され、当時の風景がリアルに蘇るVRデータとして、一般にも公開される予定です。

歴史的建造物の重要性を市民にわかりやすく伝えるのは、難しいものです。しかしVRデータであれば、オープンな動画や体験的なソフトウェアを通して、歴史的建築物の価値を広く市民に伝えることができます。「板橋区史跡公園」のグランドオープンが楽しみですね。