2024-01-12

蜃気楼を見たことはありますか?

目次

水平線に浮かび上がる街、砂漠に現れる湖、ぽっかりと宙に浮いた島、いびつに変形した橋……。普段見たことがない景色が目の前に広がったら、目を疑いたくなるでしょう。それは蜃気楼の仕業かもしれません。

 

「蜃気楼」という言葉は、司馬遷がまとめた「史記」に初めて登場したといわれています。「蜃」は大蛤や龍といった生き物を指し、「気」は妖気、「楼」は楼閣や楼台などの高い建物を意味します。つまり、蜃気楼は、「蜃という伝説の生き物が、怪しい妖気を放って描いた楼閣」が語源。しかし蜃気楼は、妖術でも魔法でも、幻覚でもありません。では、どうしてそのような不思議な現象が起こるのでしょうか。その答えを探ってみましょう。

蜃気楼が生じる仕組みとは?

蜃気楼は、上空の空気が、温度(密度)の異なる層を形成することで発生する光学現象です。光が密度の異なる層を通過する際に、その速度が変わるため、いつもと違う景色が見えるのです。したがって、蜃気楼で見る光景は、実際に存在する景色の屈折に過ぎません。水平線の向こうにある普段は見えない街が、光の屈折によってこちら側に伸びてきて見えるようになったり、橋の形が異なって見えたりするのです。どこにもない楼閣や、背後にある景色が目前に浮かび上がることはありません。ただ、原型を留めないくらい変わった景色が見えることがあるので、何か幻を見たような錯覚を覚えることはあり得ます。

 

蜃気楼は光学現象なので、はるか昔から見えていたと思われますが、日本で蜃気楼の科学的研究が始まったといえるのは、約100年前です。「蜃気楼の見える町」として全国的に有名な富山県魚津市が研究対象となりましたが、研究成果が大きく前進したのは最近になってから。それまでは、北アルプスからの雪解け水によって海面が冷やされ、上層との気温差(密度差)ができて、光が屈折すると考えられていました。しかし実際は、上層に暖気が移流してくることが主な原因だったと判明したのです。ただし、なぜ暖気の移流が起こるのかは未だ解明できておらず、蜃気楼の研究はまだまだ発展途上であるといえます。

蜃気楼、逃げ水、陽炎の違いとは?

蜃気楼は大きく分けて、「上位蜃気楼」と「下位蜃気楼」に分類されます。上位蜃気楼は、光が上層の暖かい空気と下層の冷たい空気(上段下冷)の境界で屈折し、景色が上方向に伸びたり反転したりして見える現象です。日本での年間発生回数はあまり多くはなく、蜃気楼の見える町・富山県魚津市の富山湾でさえ、観測されるのは年に十数回程度。春に発生することが多いので、俗称として「春型の蜃気楼」といわれています。

 

一方で「下位蜃気楼」は、上層が冷たく下層が暖かい「上冷下暖」の状況下で発生し、下方向に虚像が見えます。例えば、沖にある島の下方に、島の上部と空の部分が反転することで、島が浮いているように見える「浮島現象」も下位蜃気楼のひとつ。浮島現象は富山湾では冬に発生することが多く、俗称として「冬型の蜃気楼」といわれています。下位蜃気楼は、年間を通じて比較的頻繁に見られる現象で、アスファルトの道路上に水たまりができたように見える「逃げ水」も含まれます。道路の上の方にある景色が道路表面上に映って見えることで起こります。

また、春や夏によく見られる、空気がゆらいだような「陽炎」は、暖かい空気と冷たい空気が混在するときに生じる現象です。光が様々な方向に屈折するために、空気がゆらめいて見えるのです。逃げ水や陽炎は、「光の屈折現象」という意味では蜃気楼に含まれますが、一般的に蜃気楼といわれるのは上位蜃気楼のことを指すことが多いようです。

気温が異なると光が屈折するのはなぜ?

では、どのような仕組みで光の屈折現象は起きるのでしょうか。それは光の速度が関係しています。私たちが見ている景色は、光が物体に当たって反射、吸収された後に目に届いたものを認識しています。このとき、目に届くまでの光の速度は、光が通るところの密度によって変化します。密度が大きくなる冷たい空気中では遅く、密度が小さくなる暖かい空気中では速く進みます。この速度の違いが光の屈折の原因となるのです。

水中に手を入れると、手の形が変形して見える現象も、空気と水の密度の違いによって起こります。空気と水は密度の差がとても大きいですが、気温の差による密度の違いはそれほど大きくはないため、蜃気楼が発生するためには、光が温度の境界線を数km以上にわたって進む必要があるといいます。

 

蜃気楼は、富山湾だけでなく、琵琶湖や大阪湾、北海道の各所など、全国で観察されています。しかし、正確に蜃気楼が見られる日を予測するのは難しく、出会えた時はとても貴重な瞬間です。自然が織りなす芸術の贈り物といえるかもしれません。

〈参考〉
・「蜃気楼のすべて」(日本蜃気楼協議会)
日本蜃気楼協議会