2024-02-06

ユニバーサルデザインとしてのピクトグラム

目次

ピクトグラムは、伝えたいことを単純な絵や図で表現した視覚的な記号のことです。非常口の上にある緑のマークと言えばピンとくる人が多いかもしれません。2021年7月23日に開催された「東京2020」夏季オリンピックの開会式では、33競技50種類のピクトグラムを人間が表現するパフォーマンスが披露され、世界中で注目を集めました。ピクトグラムが各スポーツの特徴をいかに端的に分かりやすく表現しているのか、改めて気付いた人も多いでしょう。

 

ピクトグラムは現在、言葉の壁を越えて情報を伝えるユニバーサルデザインの重要な要素として広く利用されています。その大きなきっかけを作ったのが、1964年に開催された東京オリンピックでした。どのようにしてピクトグラムは誕生し、そしてユニバーサルデザインとして進化していったのでしょうか。詳しく紹介します。

 

ピクトグラムの起源

文字ではなく、絵や記号で情報を伝える試みは、太古の時代から行われていました。氷河期時代の洞窟には、動物や日常生活のシーンを単純な形や線で表した図が多く残っています。これらの図は、古代人が共通の体験や観念を視覚的に共有する目的で描かれたものだったと考えられます。

 

現在のピクトグラムのようにシルエット化された形式が登場したのは20世紀に入ってからです。1920年代のウィーンの科学者・哲学者オットー・ノイラートが開発したISOTYPE(アイソタイプ)が始まりだといわれています。彼は、言葉や文化の壁を乗り越え、あまり読み書きできない人にも世界の知識を伝えることを目標としました。そして、世界一次大戦後にウィーンで開設された経済博物館で、統計データや社会的情報を誰にでもわかりやすく伝えるためにISOTYPEを用いました。

 

制作を担当したのは、グラフィックデザイナーのゲルト・アルンツです。産業、人口統計、政治、経済などのデータを視覚的な記号で表現し、最終的に約4,000種類のピクトグラムをデザインしました。これらのピクトグラムは、今日でもその影響を見ることができます。

「TOKYO」で生まれ、広まった オリンピックのピクトグラム

1960年代に入ると、ピクトグラムがヨーロッパやアメリカ、日本を中心に多くの注目を集めるようになりました。なかでも特筆すべきなのが、1964年にアジアで初めて開催された東京オリンピックです。東京オリンピックは、スポーツピクトグラムが世界で初めて公式に採用された画期的な大会となりました。当時の日本では、外国人が来日するということは珍しく、外国人に向けた表記はほとんど英語に限られていました。しかし、東京オリンピックでは93ヵ国の選手団が来日するため、多様な言語を話す人々に対応する必要がありました。

 

この課題に対応するため、東京オリンピックのデザイン専門委員会委員長を務めた勝見勝氏は、各国の言語で表記することは難しいと考え、ピクトグラムの製作を提案。デザインチームを立ち上げ、競技シンボルとともに、トイレや公衆電話などを示す施設シンボルを製作しました。これらのピクトグラムは、国際的なデザインでありながら、日本の伝統的な芸術や文化の要素も取り入れていました。そして「社会に還元すべき」という意向のもと、著作権が放棄され、全世界に広まっていったのです。その後のオリンピックでは、各開催国が独自のデザインでピクトグラムを引き継がれることになりました。

 

「東京2020」夏季オリンピック開会式では、この歴史的な成果を称え、ピクトグラムパフォーマンスが始まる前に、ピクトグラムが次々と受け継がれていく様子が映像で紹介されました。

ユニバーサルデザインとしてのピクトグラム

ピクトグラムは、ユニバーサルデザインの重要な要素としての役割を果たしています。ユニバーサルデザインは、障がいの有無に関わらず全ての人が使いやすいように製品や環境を提供することを目指しており、1980年代にアメリカのロナルド・メイスにより提案されました。「①誰にでも公平に利用できること」「②使い方に自由度が高いこと」「③使用法が簡単ですぐわかること」「④必要な情報がすぐに理解できること」「⑤安全で誤操作を起こしにくいこと」「⑥無理な姿勢や過度な力を必要としないこと」「⑦アクセスしやすいスペースと大きさを確保すること」の7つの原則に基づいています。

 

ピクトグラムはこれらの原則に沿って進化してきました。初期のものは特定の情報を視覚的に伝える目的で使用されていましたが、国際的なイベントでの採用をきっかけにより幅広い人にアピールするように改良されています。たとえば、色彩に依存せずに情報を理解できるよう、コントラストや形状に焦点を当てたデザインが採用されています。また、異なる文化や言語の背景を持つ人々が一目で意味を理解できるように、普遍的で直感的なシンボルの使用が促進されています。

 

日本では、大きな国際大会や増加する海外からの訪日者を契機に、ピクトグラムの表記がJIS規格として改良されてきました。「東京2020」では、「頭部は円形にする」と「胴体は省略する」などのルールが設定され、アスリートの躍動感や迫力を表現するための工夫が凝らされました。

 

ピクトグラムは、単なる情報伝達ツール以上の役割を果たしてきました。これからもピクトグラムは、ユニバーサルデザインの理念を体現し、世界中の人々にとって理解しやすく、アクセスしやすい情報の形式を提供し続けることでしょう。

 

【参考情報】

翔泳社「アイコンデザインのひみつ」

学研プラス「発見! 体験! 工夫がいっぱい! ユニバーサルデザイン」

東京2020夏季オリンピックサイト「ピクトグラム・シークエンス、開会式でのパフォーマンスが話題」

NHK News「ピクトグラム“中の人”が語ったこと 五輪 開会式」

笹川スポーツ財団「第68回 1964年をきっかけに世界へ広がった『ピクトグラム』村越愛策」

株式会社モリサワ「第28回モリサワ文字文化フォーラム[デザインからデザインまで]ピクトグラム その機能の役割」

BUSINESS INSIDER「日本発『ピクトグラムが世界に通用した理由を、初代デザイナーに聞く―信念を持たないことが信念』」

パナソニック ホールディングス株式会社「ユニバーサルデザインってなんだ?」